何かの本で読んだ気がする。確か『たんぽぽ』という名の花だったような。この飛んでいく綿毛みたいなものは種子だとか。そしてこの花は占いができるという。綿毛を吹いてどれくらい残ったかで恋愛の成就が決まる……。残った綿毛が少なければ少ないほど成就する確率が高いとか。……やはり好きな人がいる身としては、そこら辺のことは気になる。……従属官として仕えているグリムジョー様のにこの気持ちを……ずっと言い出せないままだ。
思いを告げる勇気も自信もない私。もし、もしたんぽぽがそんな私の背中を押してくれたのなら……
悪いとは思いつつも、地面で風に揺れているタンポポを一輪取る。そしてそれに息を吹きかけた。
「あ……」
タイミングが悪かったのか、吹きかけた位置が悪かったのか……端の方が少し飛んだだけで、綿毛は半分以上残ってしまった。あの花占いの方法からいくと、私の想いは成就しないということになる。いくら占いだとはいえ、やはりその結果には落ち込んでしまう。
ふと、感じた誰かの気配。背後を振り向けば、そこにはグリムジョー様の姿があった。
「……おい、何やってんだこんな所で」
「グ、グリムジョー様っ!?」
「なんだその手に持っているのは。花……か?」
「あ……えっと、これはたんぽぽという花の綿毛です」
「で、お前はその綿毛で何しようとしてたんだ?」
「な、内緒です!」
突然現れた好きな相手。貴方への想いが成就するかの恋占いを、このたんぽぽでしていました……だなんて本人に言えるわけがない。しかし、その言葉で簡単に引き下がる彼でもなかった。
グリムジョー様はその形の良い口角を弓形に上げて笑う。おもむろに私に手を伸ばすと、動けないように顎に指を添えた。それによって強制的にグリムジョー様と目が合うことになる。私を捕らえた薄浅葱の瞳、交わる視線……。長いことジッと見つめられて、なんだか気恥ずかしくなり、頬が熱くなった。
「おいおい、俺の前で隠し事かぁ?いい度胸じゃねぇか」
「ご、ごめんなさいっ!そんなつもりじゃ」
「ま、別にイイけどよ。言いたくねぇことだってあるだろうからな」
私の顎に添えられていたグリムジョー様の手が離れた。それによって交わっていた視線も外れる。それにホッとしながらも、ほんの少しの寂しさを覚えた。
そのまま中庭から出ていこうと踵を返した彼に、慌てて声を掛ける。すると彼は振り向き、私の言葉を待った。
「……そ、その占いを」
「占い……?で、結果はどうだったんだ」
「うまくいきそうになさそうです」
私の言葉に彼は僅かに眉を顰めた。そして一息置くと「お前はそれで諦めるのかよ。それで納得するのか?」と私に問いかけた。その言葉に何も答えられずにいると、彼は言葉を続ける。
「何もせずやらずに後悔するくらいなら、やって後悔しろ。チャンスは今しかないかもしれねぇんだぜ」
「グリムジョー様……」
「ま、いい。俺もやる」
「え?」
「で、……どうすりゃいいんだ?」
「その……わ、綿毛を吹くんです。そして残った綿毛が少なければ少ないほど願いは成就するらしいです」
流石にそのたんぽぽの綿毛で占う内容が、恋占いで恋愛成就を占うもの……とは言えなかった。
すると、「なるほどな……」とグリムジョー様は少し考えるように瞼を伏せる。暫くして瞼をゆっくりと開けた後、私の持っているたんぽぽを取ると、それに息を吹きかけた。
「……え、ちょっと待ってください!そ、そのっ私のではなくて……っ!」
「……」
フワリと綿毛が宙を舞う。たんぽぽの茎についていた綿毛は、全て風に乗っかって青空の彼方へと飛んでいった。それを確認した彼は悪戯好きの子供のようにニヤリと笑った。
「これで綿毛は全部なくなったぜ?なら、お前も俺も……願いは成就するはずだよな」
グリムジョー様はそこで一呼吸置いた。そしていつになく真剣な薄浅葱の瞳で私を見つめる。そんな瞳で見つめられて、なんだか動けないような気がした。
すると彼の長い指先が私の頬を撫でた。普段の彼と全く違う表情に緊張からか……胸はその鼓動を速め、頬は段々と熱を帯びていく。そして、彼はゆっくりと口を開いた。
「俺はお前が好きだ」
その言葉に、ドクンと大きく胸は高鳴った。まさかグリムジョー様も私と同じ気持ちだったなんて……。今の言葉は夢ではないだろうか。もしかしたら私の聞き間違えかもしれない……。そう思って彼に聞き返せば、「何度も言わせるんじゃねぇよ」とほんのり赤く染まる頬を隠すように私から顔を背けた。
「あ、あの……私っ……」
彼は赤く染まる頬はそのままに柔らかく私に微笑んだ。
優しく頬を撫でる風。それは地面で旅立ちの時を待つたんぽぽの綿毛を揺らす。そして、フワリフワリと舞い上がるその綿毛を青空の彼方へと運んでいった。
diente de león
(「私も……貴方のことが好きです」)(20170518)