estrella fugas

窓の外、月も見えない静かな暗闇の中に駆けた一筋の光。それをそっとなぞれば遠くの彼方へと流れ、白のような青のような緑のような……そんな光を残し消えていった。それは地上に落ちる前に燃え尽き消えた彗星の幼子の光。星のような大きな存在だとしても、終わるときは一瞬だ。こうして重力に引き寄せられては擦れ、燃えて……砕け散り、深い闇の彼方へと消えていく。
どこで聞いたか、誰が言ったか……もう思い出せはしないけれどこんな言い伝えがあった。
『人はそれぞれ自分の星を持ち、人がこの世からなくなるとその星は流れ星となって落ちる』
その言い伝えからすれば、きっと今、誰かが死んだのだろう。不慮の事故で未練を残しながら消えた命だろうか。生を全うし誰かに見守られながら天に上った命だろうか。……それとも、命を賭して誰かを守り消えた命だろうか……。
どこからともなく熱い波が押し寄せては溢れかえった。それは大粒の涙となって目尻から溢れ出て、頬から顎へ伝い落ち肌を濡らしていく。けれどもそれを拭う力もなく、ただ、呆然と彼のことを思い出した。
ウルキオラ・シファー。第4十刃だった破面。今この空を駆けた誰かの命と同じように彼もまた、その命を星に変え暗闇を駆け巡ってはその身体を燃やし砕け消えた。命の灯が消える間際の、この世のものとは思えない程の美しい光を放ちながら。彼はもういない。触れることも会うことも、この目で見ることすら叶わない。人は誰かを忘れるとき、声から忘れていくという。私も時が経つにつれてそうなっていくのだろうか。愛しい彼の声を忘れ、顔を忘れ、そして想い出さえもこの胸から消し去ってしまうのだろうか……
苦しくなる胸を押さえ、空を見上げる。確かあの日、彼と初めて星を見た夜も今日と同じような空だった気がする。





雲が月を隠し、満天の星屑だけが空の暗闇を、そして地上を照らす夜。ふと空を見上げれば、キラリと一筋の光が流れた。星屑の海に一本の銀の糸。最後の力を振り絞って輝いては一瞬で儚く消えていく光。それは私の心を掴んでは離さない、魅了する光だった。

「ウルキオラ様、流れ星!」
「……何も見えないな。反応のしようがない」
「私が言った瞬間すぐに見ないと駄目ですって」

隣にいる彼にそれを伝えようと、流れ星に向かって指をさした。彼はゆっくりとその方を向くと、僅かに首をかしげる。そのゆったりとした動作の間に流れ星は消え銀の霧へと姿を変えていた。それにしれっと悪びれもせず言葉を放った彼に思わず頬を膨らます。流れ星なんてあまり見れるものじゃないのに。
すると、彼は空を指さした。その方へ視線を向けるとまた流れ星。

「おい、流れたぞ」
「あっ!!」

慌てて、手を組み瞼を閉じる。そして心の中で呟いた。

『彼の傍にずっといられますように』

流れ星が消える前に言えたのかは分からないけれど、ゆっくりと瞳を開けた。すると目の前には怪訝そうな顔で私を見つめる彼の顔。そんな彼から「何をやっている」と聞かれたから素直に「お願い事です」と答える。が、彼はさらに怪訝そうな表情を深め、私の言葉を繰り返した。

「願い事だと?」
「流れ星にお願い事をすると願いが叶うらしいですよ」
「くだらんな」
「えー、とても素敵じゃないですか!ロマンチックで」
「……で、貴様は何を願った?」
「それは内緒ですよー。言ってしまったら叶わないかもしれませんから!」

するとまた空を流れ星が駆けた。ふと彼の方に視線を向ければ、エメラルドグリーンの瞳を閉ざし、俯き加減に胸に右手を当てていた。何だかんだ言って彼も付き合ってくれたことに少しの喜びと感謝が胸にじわじわと広がっていく。しかし、彼は流れ星が消えても一向に動く気配がなかった。少し心配になりながらそこから数十秒後、ようやく彼がゆっくりと瞼を開けると少し虚ろなエメラルドグリーンが顔を出す。そんな彼にやんわりと声をかけると、心做しか頬を薄らと朱に染め、眉を顰めた。

「ウルキオラ様もお願いしたのですか?」
「……」
「教えてくださいよ」
「言ったら叶わないと言ったのは貴様の方だ」

その通りです、と小さく返事をする。流れ星に願った内容はとても知りたかったけれども、ここは彼のレアな姿を見れたことに満足することにした。するとまた夜空を流れた星。今日は流れ星が多くてみんな願い事が捗りそうだなと心の中で思いながら、二人でその景色を眺めていた。この後に何が起こるかも知らず、ただ、幸せに浸りながら。





「貴方の言った通り……くだらなかったですね」

あの時願った願いも空しく、貴方は私の届かないところへ行ってしまった。もう、空を見上げても貴方の光は見ることができない……。それならと、砕け散った星屑を拾おうともそれは見つからない。
星の流れる暗闇の向こう、震える指先でそこにはもういない彼の影をそっとなぞる。

「ウルキオラ様、貴方が願った願い事はなんだったのですか?」

そこに答える声はなく、ただ暗闇の空を静かに星が流れるだけ。それでも何故か彼が私を包んでくれたような気がしたのは……冷えた風が空気を震わせ、窓のカーテンが私を包むようになびいた所為だろうか。
それとも……



estrella fugas

(それとも、貴方が私に会いに来てくれたのでしょうか?)


(20170425)