「え?その……これは……」
目の前には、肩を露出し丈の短い上着にミニスカートの死覇装を纏う従属官の姿。普段なら落ち着いた、肌の露出が少ない死覇装を纏っているはずだが……今日はこれだ。そんな姿で部屋に入ってきた従属官に目のやり場に困り視線を逸らす。そして大きな溜息を零せば、目の前の女は俺にこんな反応を取られることを全く想像していなかったのか、急に慌てだした。
「た、溜息!ど、どこか変でしょうか」
「、それは自分の格好をよく見てから言うんだな」
「……変ですか?」と言うはこの姿のどこがいけないのかを全く理解していないらしい。それなら、と何故その恰好をしているのかを問えば、「夏なのでイメチェンです」とよく分からない答えが返ってきた。夏?……現世ではそうかもしれんが、ここは虚圏だ。季節など関係ない。
やはり説明しなければこいつは分からないのか……。その格好で虚夜宮をほっつき歩かれ、こんな姿のを他の破面に見られでもしたら……そう考えただけでも頭が痛くなる。特に常識が欠如してる奴にでも出くわしてみろ。そのまま何もなく終わることなんてないだろう。
「他の奴にその恰好を見られたらどうするんだ」
「あ、ここに来る途中でザエルアポロ様に会いました」
「なんだと……」
「後で部屋に来るように言われましたけど……なにか私に用でもあるので……」
「行くな」
のあまりの天然加減に耐えきれなくなり、遮るように言葉を放つ。どうしてよりによってザエルアポロなんだ。取り敢えずその場で手を出された訳ではないにしろ、後で部屋に来るように言われた時点で間違いなくを『そういう目』で見ている。それなのにこの馬鹿はその意味も分からずにホイホイとザエルアポロの部屋に行こうとしていた訳だ。涎を垂らしながら待っているであろう狼の元へ。この際、しっかりと教え込んでおかねばならないな。
「よく聞け。わざわざ狼の元へ羊が出向く必要はない」
「え?……狼?羊?」
「鈍い……」
こう言っても分からないか。純粋なのか、それともただの馬鹿で理解力が乏しいのか。どちらにしろ、言って分からぬのならばその身体に教え込むまでだ。
吐きたい訳でもない溜息を一つ吐き出し、座っていた椅子から腰を上げると、ドアの前に突っ立てるの元まで移動する。
そこには全く状況を理解していない、間の抜けた顔。その顔の輪郭から顎先を指先でなぞり、撫でれば、ビクッとその小さな肩を跳ねさせた。やっとこの状況がおかしいことに気がついたのか、恐る恐る……そんな風に見上げては俺を大きな瞳の中に映し、小さく鈴が鳴るような頼りない声音で俺の名を呼んだ。
「ウル……キオラ様?」
「、言って分からないのなら教えてやる……こういうことだ」
程よい厚さの、柔らかそうな唇を親指でそっとなぞる。すると俺を映すその瞳は大きく揺れ、身体を僅かに震わせて唇から吐息を漏らした。……本来の目的を忘れそうになるくらいに男の情欲をそそるその姿に、ひどく興奮を覚える。そしてその唇から顎先へと指先を滑らせると、顔が動かぬように親指で固定する。身体を固くしては小さく震え、目をきつく瞑るその顔へ己の顔を寄せた。互いの唇が触れるか触れないか……そんな距離。頬を真っ赤に染め、眉を顰めて目尻に涙を溜める姿を確認したところでそっと離れた。
「これで分かったか?暫くザエルアポロには近づくな」
「……」
「……、聞いているのか?」
「あ、……え……と。なんだか……さ、寒くなってきましたね。と、とりあえず部屋に戻って上着を取ってきますねっ」
「これを着ていけ」
顔を真っ赤に染め熱を放っているにもかかわらず、意味不明な言い訳をして逃げるように部屋から出ようとするに、自らの上着を投げ渡す。その恰好でまた誰かとすれ違われては堪ったもんではない。
その投げた上着を慌ててキャッチしそのまま呆然と立ち尽くすに行くなら早く行けと促せば、俺の上着を羽織り頬を赤く染めたまま部屋から出て行った。
「少々やり過ぎたか……」
狼はだれだ
(狼は奴ではなく俺の方だったかもしれないな)(20170509)