「あ?……んだよ突然。いらねぇよ」
コーヒーを啜りながら面倒くせぇ書類仕事をこなしていると、従属官兼恋人が話しかけてきた。膝枕?突然、何故そんなことをを言い出したのか分からねぇが適当にそれに答える。そしてまたコーヒーを啜ろうとカップを手に持てば中身が空っぽなことに気がついた。……クソ。
「え?だって眠そう」
「眠くねぇよ」
そうは言ってみたものの、眠い。そりゃ眠くもなる。何故破面が、しかも十刃である俺がこんなことをしなければならねぇんだ。俺のこの手はペンを走らせる為でも判子を押す為でもなく破壊する為にある。……望んでいることとは全く違う机仕事など、退屈で退屈で仕方ねぇ。それでも机ごと叩き割る衝動を抑えてやっているこの俺を褒めて貰いたいところだ。
そんなことを考えていると、突然自然と大きく口が開き、深く息を吸い込むとそれを短く吐き出した。少し目尻の方に涙も出た気がする。ふと、の方に視線を移せば、呆気に取られた顔のあとなぜか嬉しそうに「……欠伸だね」と笑みを浮かべ始める。その顔を見て、しまった……と思ったが時すでに遅しだ。……何だかバツが悪くなり、視線を外しながらに呟いた。
「……膝貸せ」
「え?」
「だからよ……膝を貸せつってんだ!」
本当に聞こえなかったのか、それともわざと聞こえないフリをして聞き返したのか……。それがどちらなのかは分からねぇが、どんなに腐り果てた耳だろうが声が届くように声量を上げる。すると、分かってますと言わんばかりに耳を塞いでコクコクと頷くの姿。……やっぱり聞こえてたんじゃねぇか。
「……それじゃあここに寝そべって?」
カーペットが敷かれた床に腰を下ろすと、膝を軽くポンポンと叩きながらそう言ってきた。こんなこと思うのは野暮だと思うが、この部屋にはきちんとベッドがある。もそのことを分かって言ってるはずだが。まぁ、はなりにスキンシップを図りたいのだろう。
とりあえずに言われた通りに、膝に頭を乗せて床に寝そべった。するととんでもない光景が目に飛び込んできた。胸。そこまで意識したことは無かったが、下から見上げるとそれはかなり強調されてるように見えた。……、こんなにデカかったか?それに密着したことでから香ってくる香りだとかなんとか……普段しないことをして、そこから感じるものに変に緊張して、寝るとかそれどころではない。
すると、いつまで経っても寝る気配のない俺を不思議に思ったのか、は首を傾げながらじっと、俺のことを見つめてきた。
「あれ?……寝ないの?」
「るせぇ。寝れるわけねぇだろーが。んなガン見するな」
「ご、ごめん!そ、それじゃ、羊数えてあげるね。ひつじが一匹……」
「要らねぇよ。つか何で羊なんだよ」
言うや否や羊を数え始めたを速攻で止める。何故に羊を数えられながら眠らなきゃならねぇんだ。俺は子供かよ。……しかし最後に俺が余計な一言を足してしまったが為に、羊の話が更に続くことになる。下から見上げたは瞼をを伏せ、必死にその理由を考えてんだか思い出そうとしてんだか、しばらく唸っていた。すると丁度いい答えが見つかったのか、瞼開け口を開いた。
「んー、英語にするとシープとスリープで似てるからじゃないかな?」
「クソくだらねぇ理由だな」
「数えるという単純作業で眠くなるとか……?」
「それ、数えるテメェが寝るやつじゃねぇか」
「あー、そう言われてみればそうだね。ま、でもここはお決まりに従ってみよう!」
「あーはいはい」
……は本気で俺を眠らせる気があるのか?こっちは逆にこのやり取りで目が冴え始めてきているというのに。ま、が楽しそうならそれも悪くない。ほんの少し、その羊数えごっこに付き合うことにする。
「羊が1匹……羊が……ってグリムジョーってば。グリムジョーも数えるんだよー」
「は?何で俺が」
「ほらほら数えて数えて!せーのっ。羊が……」
「「1匹……羊が2匹……」」
そのままだけが数えると思っていたのに、急に俺も半ば強制的に数えることになった。面倒くせぇ。が、一々に反論しても、それはそれで面倒くせぇ。だから仕方なくそれにも付き合うことにする。どうせ30匹数える前に飽きてくるはずだ。それまでは付き合ってやる。
「「羊が11匹……」」
羊を数え始めて10匹を超えた。ここら辺までくると少しコツのようなものを覚えたのか、の声がウィスパー気味に。相手を眠らせるような声で数えるようになっていた。
「「羊が21匹……」」
20匹を超えた。心做しかテンポが段々とゆっくりになってきたように感じた。ウィスパーを超えて、数えるのがどこか怪しい……覚束ないような気もする。ゆったりとしたテンポに、こいつの舌ったらずな……どこか甘い声。不思議とこちらも瞼が重くなってきたような気がした。
「羊が31……」
30を超える頃には数える声は二つから一つに。俺だけのものになっていた。何となく閉じていた瞼を開ければ、共に数えていた女はその体勢のままに身体をゆらゆらと揺らしながら寝息を立てていた。それも幸せそうな顔で。
「ほらみろよ……言わんこっちゃねぇ」
そう呟いてはみるが、やはり返事が返ってくる気配は少しもなかった。
仕方ねぇ……動いてを起こすのも可哀想だ。このまま一緒に一眠りでもするか。
羊を数えて、
(ワンツーワンツー、夢の中へ)それは甘い20題:10.ひざまくら
(配布元:確かに恋だった)
(20170416)