舌の上で溶けた、キャンディー

「ねぇ、ザエルアポロ」
「ん?なんだい?」
「この飴、甘くない」

はそう言うと、不服そうに頬を膨らませた。

テーブルの定位置に置いてある、キャンディーが入ったガラスの小物入れ。一度そこに置いたらがここへ来る度にキャンディーを舐めるようになったから、が喜ぶなら、とずっとそこに置いていた。なくなればまた新しく補充し、なるべく切らさないように。
けれど昨日、明日からダイエット始める、と言い出したから、甘めのキャンディーから糖分控えめなものに変えておいた訳だが……案の定、甘党のからは不満の声が上がった。

「それはが食べすぎないように、僕がそうしたんだよ」
「えー、なんでそんな余計なこと」
「余計?さ、昨日……明日からダイエット始めますって言ってなかったかい?折角僕が協力してあげてるのに、それはないんじゃないかなぁ?」
「ご、ごめん!」

ちょっと痛いところを突けば、少し泣きそうになりながらも慌てて謝る……そんな姿は可愛いものだ。いけないと思いつつもこうやって苛めたくなる。
とりあえず、ここまでの流れは僕の計算通り。
折角愛しい彼女がダイエットにチャレンジしたいと言ったのだから、彼氏としてそれに協力するのは当然のことだろう。けれど辛いダイエットは嫌だろうから、にとっても……それに僕にとってもプラスになるように……ほら、どうせなら、ダイエットは苦痛よりも甘くて気持ちいい方が良いだろう?
……まぁ、そもそもにダイエットなんて必要ないんだけれどね。

「あぁ……そういえばに極上の甘いキャンディー用意したんだった。食べるかい?」
「え、でも私のダイエットの為にあまり甘くないの置いてるんじゃ……」
「……そのキャンディーはね、甘いが太る心配はいらない。それに……もしかしたら痩せる効果もあるかも」
「え!?そうなの!?それ欲しい!」

の大きな瞳が、僕の一言で輝きを増した。キラキラとしたその瞳でジーッと見つめられると、なんだか騙していて申し訳ない気もしてくる。甘くてカロリーがなく、その上痩せる効果もあるキャンディー……それが本当にあると思っている純粋すぎるの視線に。
けれどもそれも一瞬だけだった。次にはをどう苛めようか考えてる自分がいたし、早くの唆る表情を見たいと思っている自分もいた。……僕は自分が思っている以上にS気質なのだろう……思わず苦笑いが溢れた。

「ダメだよ。ちゃんとお願いしなきゃ……ほら」
「ザエルアポロ、意地悪だ」
「……それじゃ、あげられないなぁ」
「……ザエルアポロ、その甘いキャンディー……ください」
「よくできました」

僕が別にキャンディーを用意すると思っているのキラキラとした表情は、僕がに近付いていくごとにキョトンとしたものに変わっていった。
ふふ……違うんだよ?確かに僕は甘いキャンディーを用意したけれど、別に用意したものじゃあない。それは柔らかな唇のその奥、の口の中にあるんだ。
の顎に指を掛け、半ば強制的にこちらを向かせる。動揺しているのか揺らぐ大きな瞳。安心させるように微笑みかけ、の唇に自身の唇をそっと寄せた。

「え?な……んっ」

の声を閉じ込めるように唇を塞ぐ。そしてそのまま唇を舌で舐め上げれば、くぐもった声が聞こえた。だが、こちらは止めるつもりなど毛頭ない。
固く閉ざされた唇を舌で強制的に割り、中に侵入すれば、の舌の上で溶けかけているキャンディーを見つけた。の舌と己の舌を絡め合わせれば、キャンディーはと僕の口内を行き来し、カランコロンと音を立て溶けていく。互いの唇の端からはどちらのものとも言えぬ唾液が重力に従って滴り落ち、空気を求め薄らと口を開き甘い声を漏らすの姿は、堪らなく唆るものだった。
が、思った以上にのその姿は刺激が強すぎたらしい。高まっていく下半身の熱が暴走し膨張し始めるその前に、重なり合う唇をそっと離す。二人の間を繋ぐ銀の糸は離れれば離れるほど薄くなり、そして切れた。
部屋に響くのは、肩で息をするの、先程の甘さをほんの少し混ぜた荒い呼吸。

「も、もう!ザエル、アポロっ……どうしていきなりっ」
「悪かったって。でも甘かっただろう?それに……そんなに息が上がっちゃって。ほら、ダイエットには貢献できたんじゃないかなぁ?」
「もうバカ!」

頬を林檎のように真っ赤に染め、目尻に透明な雫を溜めながらそう言うの姿に、下半身の熱が高まっていくのを感じた。このまま襲ってもいいとは思うけれど、の甘い唇を充分に堪能したから今日のところはオアズケかなぁ……。けれど、そんな表情を僕に晒す君が悪い。もう少し苛めるのは良いだろう?

「ん?もしかして……まだ足りなかったのかな?」
「え……ちょ、ちょっと待って!!」
「ダーメ。待たないよ」

ガラスの小物入れからキャンディーを一つ取り出して、包みを剥がす。ピンク色の丸いキャンディーを口の中に放り込むと、そのままに口付けた。



舌の上で溶けた、キャンディー

(舐めて転がして、僕がそれを甘いモノへと変えてあげるよ)


それは甘い20題:11.微糖
(配布元:確かに恋だった)
(20170513)