伝え足りなかった想い

鳴り響く雷鳴に窓を叩く雫。虚圏でも雨は降るんだと、それを見て思った。数え切れない程の雫が窓を濡らしては下へと滑り落ちていく。窓越しに見えるのは、真っ黒な重い雲。虚圏の月はそれに覆い隠され、暗闇が広がる空はただ泣きじゃくる。
この空のように大声を上げて泣きたくても、もうすでに枯れ果てた涙腺は1滴も雫を流すことはなかった。それでも後悔は胸を支配する。まだ、まだまだ伝えきれてないのに……大好きだと、愛していると。それなのにどうして私はこの唇でそれを伝えなかったの?自分の想いをきちんと伝えていたらこんな結果にはならなかった筈なのに。どうして私は遠ざかる背中を追いかけてその手を掴まなかったの?迷わずに愛しい彼の手を掴み離さなかったら、あのエメラルドグリーンは私をまた優しく映してくれたかもしれないのに……





「なぜ俺を避ける」
「避けてなんか……いません」

愛されれば愛されるほど、苦しくなる。この幸せはいつまで続くのだろうか、それを失くしてしまった時私はどうなってしまうのだろうか。……そんな感情にばかり支配されて、いつの間にか彼と距離を置いていた。そして今、久しぶりに顔を合わせる。
無表情とも取れる彼の表情。けれども深いエメラルドグリーンの瞳は苛つきの色を滲ませていた。それは当たり前だった。私が自分の弱さに負けてそういう行動を取ってしまったのだから。それなのに私は俯き加減に彼の言葉を否定する。彼の言う通り、避けていたというのに。

「俺には話せないことか」
「違うの!……そうじゃないの」
「なら、どういう事なのか、きちんと説明しろ」
「…………何でもない、から」
「お前がそう言うのなら……いいだろう」

冷たく言い放たれた言葉に顔を上げれば、失望ともとれる色を放つエメラルドグリーンと目が合う。そのまま互いに視線を外すことなく数秒。そして……

「別れよう」

一言、彼の地を這うような低音が脳内を侵蝕し、目に映る全てのものは時間を止め、どくんと大きく跳ねた胸は刃で貫かれた様な痛みが走った。ジワジワと世界が色を無くしていく……
やがて胸の痛みは次第に鈍いものへと変わり現実に引き戻されると、無意識に彼の手を掴んでいた。細くもゴツゴツと骨張った刀を振るう男の人の手。私の大好きな人の手。……けれども掴んだ手は彼によって振り払われ、互いの手は解ける。たった一瞬の動作だったのかもしれないそれは、とてもゆっくりに見えた。ぬくもりを失った手はそれを求めるように再び彼に伸びるが、背を向け歩き出した彼に行き場を失った手は虚空を掴む。
遠くで雷鳴が聞こえた。二人の間を、絆を引き裂くような重い音が。
私はただ、遠ざかっていく彼の背中を見送ることしか出来なかった。



伝え足りなかった想い

(貴方に伝えきれなかったその愛、どこへ置こうか)


それは甘い20題:20.足りない
(配布元:確かに恋だった)
(20170419)