ああ……それは貴女から一番聞きたくなかった言葉だ。
「そう、ですか……」
「あれぇ?蓮二くんならもっと喜んでくれると思ってた」
そう言って彼女は、ほんのり朱に染まる愛らしい頬を軽く膨らませた。
姉と共に幼い俺の相手や面倒を見ていてくれた彼女。俺はもう一人姉が出来たと喜び慕っていたが、成長するにつれそれはいつの間にか恋心へと変わっていった。彼女を守れるような男になり、いつかこの想いを彼女に告げよう、そう思っていた。だが……
「喜んでいないわけないじゃないですか……おめでとうございます」
祝福を紡ぐことを拒否しようとする唇から精一杯紡いだ言葉。
声は震えてはいなかったか。
表情に現れてはいなかっただろうか。
「嬉しいっありがとう!蓮二くん!」
「っ……」
突然の柔らかい感触、鼻腔をくすぐる優しく心地よい彼女の甘い香り。嬉しかったからなのか、彼女は俺の背に腕を回し抱きついてきた。胸が大きく脈を打ち、まるで強く握られているかの様にズキズキと痛み出す。
ああ……この胸の鼓動は彼女に聞こえていないだろうか。そしてこの想いは伝わってはいないだろうか。
いくら恋焦がれ貴女を求めようとも、俺がその小さな身体に手を回すことは許されない。自分に嘘をついているのは分かってはいるが、俺が『想い』を告げることによって、彼女の幸せに満ちた表情を壊すことはしたくはないのだ。
何も壊したくはなかった。
いつかは壊したいと……そこから抜け出したい願った、俺と彼女の兄弟のような関係すらも。
「だ、め……ですよ、こんなことをしては。貴女の旦那さんに叱られてしまう」
「蓮二くんだもの、大丈夫大丈夫!」
何とかして彼女の肩に手を置き、俺から引き離す。すると彼女は、あいも変わらずの屈託のない笑顔を俺に向けた。
……やはり俺は彼女に男として見られてはいない。
いくらあの時から背を伸ばし変声期を迎え、男の体格になっていても、彼女にはあの時のままの幼い柳蓮二にしか見えていないのだろう。またズキズキと胸が悲鳴を上げた。
今何を願い、祈ればこの重苦しい感情から救われるのだろうか……
「そういえば……蓮二くんは好きな人とかいるの?」
「……ええ、います」
ふと思い出したかのように、彼女はその手の話が好きな女性らしい輝かせた瞳を俺に向け話を振ってきた。目の前に、とそう付け足せたのならどんなに楽だろうか。
「へぇーどんな子どんな子!」
「とても鈍感ですが、愛らしく守ってあげたくなるような女性です」
「告白はしないの?」
「俺は……告白し気持ちを伝えることが全てではなく、その人の幸せを願い見守る事も一つの愛だと思うので……しない、と思います」
「そっか……」
そう呟く彼女の瞳はとても憂いを帯びていた。
何故、貴女がそんな悲しそうな顔をするのか。貴女がそんな表情をする必要も理由も何処にもないのに。
ああ、そうか……こんな表情に俺がさせているのか。今胸の中にこみ上げてくる感情は、例えるのなら陽の光に向かって綺麗に咲き誇る花を手折る感覚に似ているような気がした。
「れ、蓮二くんっ!?」
無意識、だったのかもしれない。
彼女の手首を掴み自分の方に引き寄せ抱きしめると、彼女は零れ落ちそうな瞳を更に大きく見開かせた。ほんの先程まで彼女の幸せな表情を壊したくないと思っていた男の行動がこれかと、思わず苦笑してしまう。しかし、この俺の手で……自分の手によって愛する彼女が変わっていくのはとても嬉しく気持ちがよかった。
こうなることが運命だというのならば、それでも構わない。ただ、今はこうしているだけでいい。この先ずっと永遠なんてことは望みはしない。
俺の『想い』を貴女に伝えることが出来なくとも、この瞬間、今だけは貴女は俺を意識し、俺だけを見てくれているのだから……
「俺を何時までも子供扱いしないでください。でないと、」
その小さく柔らかそうな彼女の耳元に唇を寄せ、囁く。すると、僅かに肩を震わせ聞こえるか聞こえないかの声でか細く鳴いたかと思えば、見る見るうちに耳や頬を真っ赤に上気させた。
「……冗談、ですよ」
顔を赤く染め固まったままの彼女からゆっくり離れると、自分に言い聞かせるかのように呟く。
『答え』を出せないことは愚かだろうか。
それでも俺は……
「どうか、幸せになってください」
ANSWER
(それでも俺は、貴女を『愛したこと』を後悔してはいない)(20160811)