俺の目の前には大きめのキャリーバッグの取っ手に手を置く幼馴染みの姿。言葉を交わすことなく、表情すら変えぬまま向かい合い1分42秒。
この公園という癒しや遊び、時には愛を語る場にもなるであろう場所にしては非常に不釣り合いだ。
「……行くのか?」
「うん」
この沈黙をどうにかしようと口を開いたが、乾いている喉と唇は最初の音を発するのに少し時間をかけた。だが、言いたい事は言えたようで、幼馴染みであるは首を縦に振りながら答えた。
「……寂しくなるな」
「えー、そんな風には全然見えないよー?」
「そうか?俺はこんなに悲しく思っているのだがな」
「ごめん。全く表情が変わってない……ってうそうそ!分かってる。私も寂しいよ……蓮二と離れるのは。でも……」
寂しくなると言えば、はそう見えないと軽く笑う。表情が変わらない?そう見えるなら成功しているようだ。
今まで兄妹のように共に育った幼馴染みが、今の俺では手の届かない場所に行ってしまうのだから、寂しくないわけがない。それが想いを寄せている相手なら、尚更。だが、その想いを顔にまで出してしまったらお前は困るだろう?
「大丈夫だお前なら夢を叶えられる」
「当然!そのために行くのよ?」
「もし何かあったらいつでも戻ってこい」
「もー、大丈夫!過保護なんだから蓮二は。だから彼女が出来ないんだよ?」
「俺は、お前が…………っ……いや、何でもない」
思いもよらないの言葉に一瞬で心臓は鼓動を、身体は熱を上げていき、思わずに自分が恋愛感情を持っていることを言いかけて慌てて口を噤む。
言うべきではない、自分の想いを告げるべきではないのだ。そう自分にゆっくりと言い聞かせるように心の中で呟く。の夢を叶える負担にはなりたくはない。
「蓮二?」
「俺は……お前がそんな性格だから、貰い手がいなくて彼氏が出来ないんじゃないかと心配なんだがな」
不思議そうに俺の顔を覗きこもうとしたに向けて唇が紡いだのは、1ミリも心にない言の葉。もし出来るのなら、誰の目にも触れぬ場所に置き、この先俺だけを見ていてくれたら……とそんなドス黒い感情に支配される時だってあるというのに。
だが……もしそれが出来るとして、それを俺は実行しているだろうか。の自由や笑顔を犠牲にしてまで、この手にしたいものなのだろうか。
そんなこと……深く考えるまでもなく、答えは決まっている。
「なっ……よ、余計なお世話よ!まぁ、もし……いざとなったら私が蓮二を貰ってあげても」
「ほぅ、それは楽しみだな」
「じょ、冗談に決まってるじゃないっ……これでもモテるんだから!……あ」
「そろそろか?」
「……うん。蓮二、ありがと」
「ああ」
「じゃあね……元気で」
「ああ……、元気でな」
少し憂いを帯びた優しい眼差しで俺に笑顔を向けながら別れを言葉にしたに、手を振りながら応える。
俺はのこの眼差しが好きでたまらなかった。
いつもの強気な発言とは裏腹に時折見せる、その眼差しが。夕暮れの、揺れるカーテンの隙間から溢れては、柔らかく降り注ぐ木漏れ日の様な眼差しが。それももしかしたら今日で見るのが最後になってしまったかもしれない。
だが、それでも俺は構わない。相手は俺でなくてもいい。のその眼差しが失われてさえいなければそれで……
段々と遠ざかっていく愛しい小さな背中。その背中が見えなくなるまで俺は手を振った。
「お前が夢を叶え幸せに笑う未来を俺は……」
祈っているよ。
空を見上げれば紺が橙を覆い隠し、薄らと星々が瞬き始めていた。
さよならと手を振る先
(たとえその眼差しがいつか俺を忘れ、ほかの誰かに向けられたとしても。)(20170328)