「ああ、少し……久しぶりだな」
立海大附属中、校門前で懐かしい顔に出会った。と、言っても彼女からしたら、だが。
柳くん……は俺のことを苗字で呼んだ。何故、あの頃のように……貞治とお前と俺、三人共にいた頃のように名前で呼んでくれない?胸は小さな悲鳴を上げた。
「こんな所まで、どうした?」
そうは言ってみるが、当然がここに来た理由は知っている。それにそう仕組んだのも俺だ。青学のマネージャーであるが今日この日に、立海大に書類を届けにくるように。
そしてこの後、俺がにしようとしていることを考え思うと、少しの罪悪感とそれ以上の興奮に襲われる。我ながら、これ以上にないくらいに本当に最低な男だと心の中で嘲笑した。
「うん。テニス関係の書類を渡すように頼まれて」
「そうか、俺でよければ、俺から精市に渡しておこう」
「ありがとう!柳くんなら安心!」
そう言ってあどけない笑顔を向ける。その笑顔は俺が引越し、離れ離れになる前と少しも変わらないものだった。いや、少し……艶が増したか?それも全て貞治……あの男がそうさせたのか。
一つを除き、すべて調べ尽くして調査済みの事項だったが、最近聞いた風を装い貞治とのことをに聞いた。
「そういえば……貞治から聞いたのだが、付き合い始めたそうだな」
「うん。貞治からあの頃から好きだったって言われて……私もそうだよって」
その時から俺の想いは成就しない運命だった、か。
面白いくらいに笑いがこみ上げてきそうで、平静を装うのが結構難しかった。だが、ここで不信感を持たれてしまえば、この後の計画は全て意味を無くしてしまう。
から視線を外し、空へ向ける。綺麗な青空だった空はいつの間にかその姿を変え、今にも降り出しそうな重苦しい曇天へ。勿論こうなることも計画のうち。
「……大降りになるな。雨宿りも兼ねて少し付き合ってくれないか?」
「本当に大降りになってきたね!柳くんが言ってくれなかったらびしょ濡れになってた。それにしても……立海の化学実験室に案内されるとは思わなかったけど」
「ドリンクの研究の為に時折借りていてな」
ザー―――
雨が大きく屋根を叩く音。あの後、立海の校舎に入る前に曇天の空は一気に雨天へと姿を変え、降り注ぐ雫は俺達の髪にや肩を軽く濡らした。当然これも……雨が降り始めてから大降りになる時間も全て計算済み、計画通りだった。
とりあえず冷えた体を温めるため、給湯室から借りてきたティーポットなどのセットで紅茶を入れ始める。
「貞治もドリンク研究に熱心だけど、柳くんもなんだね!……あれ?」
「どうした?」
「紫陽花。綺麗に咲いてるなぁって思って」
徐ろに、が雨の雫が流れる窓に視線を向けた。そう、この教室からは紫陽花が見える。だからこの教室を選んだのだ。見える花が他の花ではなく、紫陽花でなければならなかった。そうでなければ意味がないのだ。
そっと、に気が付かれぬよう自分の鞄から小瓶をひとつ取り出しては、それの中身をの紅茶が入ったティーカップに注いだ。無味無臭。恐らくこれを飲んで効果がで始めるまで気が付かないはずだろう。これの中身に。
「ああ、この教室から見える中庭はこの時期になると紫陽花が沢山咲く。校内での紫陽花の名所といったところだ」
「そうなんだね」
「……これを」
さっきの、程よく冷ました紅茶をに手渡した。冷ました所為もあって恐らくすぐに飲むだろう。ここからが本番だ。
悪いな貞治。俺はへの想いを止められそうになさそうだ。許せとは言わない。ただ、は貰っていく。
「少し身体が冷えただろう?身体を温める効能がある紅茶だ。飲むといい」
「ありがとう!……いただきます」
は受け取ったティーカップを口元へと持っていくと、それを傾けた。そしてそのままティーカップに口付けると、僅かにの喉が動いた。そうだ……そのまま飲み干せばいい。その方がの為にも良いのだから……
中の紅茶を飲み干し、は空になったティーカップをそっと机に置いた。心做しかの頬は薄らと朱に染まっていた。大きな瞳も、熱の所為かトロンとした虚ろな瞳に。……どうやら成功のようだ。
「ねぇ、柳く……ん」
「どうした?」
「よく分からないけれど、あの、紅茶飲んでから……とても、とても身体が熱くて」
「ああ、身体を温める効能があるからな」
「そういうのじゃなくて……言葉にするのが、難しいんだけど……ムズムズする、というか……」
息を荒くし、甘く艶のある声で俺の名を呼んだに興奮を覚え、全身の熱が下半身の中心に集中していくのを感じた。予想通りの展開に思わず笑みが溢れそうになるが、そこはグッと堪える。はその紅茶に入れられたものが、俺が特別に調合した『媚薬』ということにまだ気が付いていないようだ。純粋だな……貞治なら似たようなことをしそうな気がしたのだが、どうやらまだらしい。貞治はよほどのことを大切にしているようだな。だが……
俺は、恥ずかしそうに症状を訴えるに更に聞き、問い詰めていく。
「ほぅ……どんな風にだ?」
「ど……んな風、って言われてもっ……ひゃあっ!」
「どうした?そんな声を上げて」
わざと、の背中を人差し指でゆっくりとなぞった。は感じたのか悲鳴を上げながら身体を僅かに震わせた。可愛い、そう思った。こんなの姿を貞治は常に見ているのだな。なら俺はそれ以上の、が俺に乱れ狂う姿を見ようではないか。
「だ、だって……柳くんが、触るからっ」
「触る?お前は……背にくっ付いていた糸くずを取ってもらっただけで、そんな反応をするのか?」
「ち、違っ」
「違わないだろう?……しかし、そうだな……どうやら俺の紅茶の淹れ方に間違いがあったようだ。俺が責任を持ってお前のその状態を改善しよう」
「何とかしてっ……柳くんっ」
……言ったな。ならば全力で『何とか』してやらねばならないな。だが悪いが……その熱はなんとかしてやることは出来ないかもしれないな。ただ、その熱に溺れ、快感に狂い、全てがどうでも良くさせることは出来る。その頃にはそんなちっぽけなことなど忘れているさ。
「まずは……熱いのならとりあえず服を脱がねばならないな」
「う、うん……」
は雨で僅かに濡れた上着をゆっくりと脱ぎ始めた。すると白いセーラーが姿を現した。だが、そこでの手の動きが止まった。まだだ、そこで終わりではない。
「さて、次は脱がないのか?」
「え?だって、これ以上脱いだら……んっ!さ、触っちゃだめっ!」
「何故だ?ただお前がどれくらい熱を帯びているか確かめたかっただけなのだが?」
今度は朱に染まるその首筋撫でた。すると、は甘く鳴いては小さく肩を跳ねさせた。抗議するに適当な理由を言いつつ楽しむ。
「ご、ごめん……なさい。でも、触られると……何でか分からないけどっ……身体が反応しちゃってっ……」
「そうか。なに……お前が謝ることはない。何故、お前がそんな状態になっているか教えてやる」
「それは……さっきの、紅茶……」
「ああそうだ。さっきの紅茶が原因だ。ただ……淹れ方に間違いがあった訳でも何でもなく、俺が故意にそうなるようにある物を紅茶に混ぜたとしたら、お前はどうする?」
「あ、る……物?」
熱に浮かれ、幼い子供が言葉を覚え始めた時のように舌ったらずに話す。そのあまりの可愛らしさに、またも、下半身が熱を上げて、そして膨張していくのを感じた。そして、俺の言葉を潤んだ瞳でじっと待つにその答えを言い放つ。
「……媚薬、だ」
「な、んで……」
「なんでそんな事をするの、とお前は言う。さぁ……何故だろうな。……そういえば、紫陽花だが、紫陽花はいつの誕生花かお前は知っているか?」
紫陽花でなければならなかった理由……
「それは6月3日だ。……確か、貞治の誕生日だったな。中庭に咲く紫陽花にお前が他の男の手によって狂い喘ぐ姿を見てもらうといい……いや貞治に、か?」
「……や、なぎくん!もうやめて」
眉を顰め叫ぶ。そういう姿もいいものだな。もっと、もっと苛めたくなってしまうじゃないか。分かっていないな、も。そんな瞳で、声で訴えたところで、男を興奮させては更にエスカレートさせるだけというのに。しかし、苗字で呼ばれるのはやはり癪だな。折角なんだ、あの頃のように名前で呼んでもらいたいものだ。蓮二、と……
「柳?違うだろう。……蓮二だ」
「っ……」
「さて、お前は……どう貞治の手によって調教されたのかな?」
その熱に侵され朱に染まるその肌、頬から首筋へとゆっくりと指先を走らす。は抵抗することなく潤んだ瞳を更に潤ませては小さく喘いだ。俺はその肌の感触を、体温を味わってから、を包むその邪魔な布……純白のセーラー服を脱がし始めた。
紫陽花は全てを見ていた。
(このまま全てを奪い去ってみせよう。その身体も、無論、心も)(20170405)