重ねたテノヒラに、想いを閉じ込めて

曇天の空。
溺れてしまいそうな重苦しい灰色と雲の波間から、微かに顔を覗かせ白い光を零す太陽。あまりにもその光が眩しいものだから、軽い目眩にバルコニーの手すりに慌てて手を付く。
ふと後ろを振り向けば、窓越しに昨夜の名残のシーツが乱れたベッドが見えた。

昨夜、彼女を抱いた。
ずっと、ずっと愛しい想いを抱いてきた彼女を。










「蓮二、私を抱いて欲しいの」
「っ……」

夜も更け始めた頃、突然俺の家を訪ねてきた彼女は唐突にそう言った。
あまりにも突飛すぎて、聞き間違いではないかとそうこう考えてると、彼女はまた同じ文言を繰り返した。

「……お前にしては笑えない冗談だな」
「冗談なんかじゃ……ない」
「悪いがお前の頼みに応えることは出来ないな。お前は精市の……」

今にも泣き出しそうな彼女に少し悪いとは思いつつも、はっきりと告げる。彼女はよく見ると頬を赤く染めて目が据わっていたし、僅かにアルコールの匂いを漂わせていた。そう。酒に酔っているから、訳も分からずこんなことを言い出したのだ。……いや、酒に酔った勢いでなくても……駄目だ。何故なら彼女は、精市の……

「私は……私はっ蓮二のことが好きでっ……」
「っ!?」

今、彼女はなんと……なんと言ったんだ?
好き?
いくら酔ってるとはいえ、こんなことを言うだろうか。いや、もしかしたらその言葉は本当なのかもしれない……ふと、そんな思いが一瞬過ぎったがすぐにそれを掻き消す。ありえない……ありえるはずがない。彼女は精市と結婚し、今は人妻だ。やはりただ酔って混乱して、よく分からなくなっているだけだ。

「今お前は酒に酔っているだけだ……まだ相手が俺だったからよかったが、そんなことを言うものでは……」
「確かに私は酔ってるのかもしれない。きっとそうでもしないと伝えられないと思ったから……私は本気で蓮二が好きなのっ」
「……」
「れ、んじ?」
「何故、今なんだっ!何故……今俺にそれを伝えるっ!」

もっと、もっと早くそれを知っていたのなら、今のこの結果は違うものになっていたかもしれない。彼女が左薬指に嵌めている誓いも、精市とではなく俺とのものだったかもしれない。仕方ない、これは仕方ないことなのだと、彼女への想いを心の奥底に仕舞いこもうとしていた。だが、もう歯止めなど利きそうにない。……夢にまで望んだ言葉を聞いてしまったのだから。
俺は精市を裏切ることになるのだろうか……共に戦い、汗や涙を流し、そして苦しさや嬉しさを分かち合った大切な友を……。



「お前は……その口で紡いだ言葉の意味、どういう事か分かっているのか」

俺の言葉に彼女は静かに頷いた。

「そうか……なら、俺と地の底まで堕ちてみるか?」










部屋の電気を消し、ベッドサイドランプの明かりを灯す。真っ暗な部屋を控えめなオレンジの明かりが柔らかく照らした。
……ふと彼女を見遣る。淡い明かりに照らされ光る、涙で潤み揺らぐ瞳、赤く熱に染まった頬。その表情はあまりにも情欲的で、俺の中に眠る熱を滾らせるには十分過ぎるものだった。

「……本当に良いんだな?」

熱を抑えるように一つ深く呼吸をし、彼女に一応最後の確認をする。
そう、今ならまだ戻れる。この己の指先が彼女に少しでも触れてしまったら、きっと俺は想いを抑えることはできないだろう。でも触れる前の今なら互いに今日のことは忘れ、彼女は精市に愛されながら結婚生活を送り、俺はいつも通りの日常に戻ることができる。
彼女をじっと見据え、彼女の紡ぐ答えを待つ。ふと見えたものは、潤んだ瞳の奥に薄らと映る俺自身。……彼女は切なげに儚く微笑むと、ゆっくりと唇を開いた。

「……うん。私は蓮二と一緒にいたい」
「あぁ、俺もだ。……お前と一緒にいたい」

そっと、彼女の赤く染まった頬へと手を伸ばした。熱を持つ温かなその頬から顎先へと指先を滑らす。そのまま顎を持ち上げ、彼女の唇へ己の唇を寄せると、唇と唇を重なり合わせた。最初はその柔らかい唇を味わい啄むように……。それを何度か繰り返した後、舌先で彼女の唇を割り、口内へと舌先を捻じ込んだ。彼女の舌を捕まえ互いを絡ませ合うと、静かな部屋にピチャピチャと互いの唾液が混ざり合い舌に絡む音が響き渡る。そして双方の唇の端からは唾液が滴り顎を伝い落ちていった。
そろそろ彼女が苦しくなるだろう頃合いで、ゆっくりと唇を離す。すると、名残惜しさを残すように銀の糸が二人を繋いでは切れた。
ふと、彼女の潤んだ瞳……目尻から大粒の雫が頬を流れ落ちた。

「……嫌だったか?」
「ち、違うのっ……これは嬉しくてっ」

そう言ってはまた雫を零す。そんな彼女の目尻へと指を伸ばすと、そっと人差し指で雫を拭う。そして彼女を抱くとベッドへと連れて行きそのまま押し倒した。
俺は着ていたシャツを脱ぎ捨て、彼女の服に手を掛ける。彼女の身体を覆う服のボタンを一つ、また一つと丁寧に外していき、全てのボタンを外して脱がし終わると白い首筋へと顔を埋める。そこへ舌を這わせれば、小さく肩を震わす彼女からくぐもった声が聞こえた。

「声を我慢しなくていい」
「だって恥ずかしい……」
「俺はお前の全てを見たいし、知りたいんだ」

彼女の顔を覆い隠していた手をそっと退けると、そこには頬を林檎のように真っ赤に染めた彼女の顔があった。そんな彼女に柔らかく微笑んで、また首筋へと顔を埋める。舌先で首筋をなぞるように舌を這わせ、鎖骨へそして胸へと滑らす。すると彼女からは甘い吐息と小さな喘ぎが零れる。それに満足すると、今度は胸の突起を舌先で弾いた。

「ひゃぁあっ」
「胸は感じるのか?」

彼女の口から発せられた一段と高い声に、胸の突起を口に含み愛撫する。舌で突起を転がしては甘く噛み……もう片方の胸は優しく揉んでは、指先で突起を弾いた。彼女は身体を小刻みに震わせて、甘い声を漏らし潤んだ瞳で俺を見つめる。そんな姿に下半身の雄が大きく脈打ったのを感じた。

ああ、精市も彼女のこんな姿を見ていたのだろうか。切なげに甘い声を漏らしては快感に身体を震わす……官能的な姿を。
そう思うと、俺で……俺の色で愛しい彼女の全てを塗り替えたい。彼女の隅々まで知り尽くして、抱き尽くしたい。誰も入る余地など無いほどに……。そんな想いで胸が埋め尽くされていく。

「れ、んじ……っ」
「どうした?」
「蓮二で埋め尽くしてっ……私の全部っ」
「……もうどうなっても知らんぞ」

俺の気持ちを知ってか知らずか……俺の名を呼ぶ彼女からそんな言葉が飛び出した。その言葉に身体の奥底の滾る熱は身体中を駆け巡り、理性を溶かし始める。そしておもむろに俺の頬へと手を伸ばして身体を起こした彼女は、優しく触れるだけのキスを俺の唇へ落とす。その瞬間、理性は砕け散り、パラパラと崩れ落ちる音がした。

「下、脱がすぞ」
「うん……」

そう頷く彼女のロングスカートと下着を一気に引き下ろした。彼女の一糸纏わぬ、きめ細やかな透き通る白い肌。その姿に思わず「……綺麗だ」と声を漏らせば、彼女は頬を赤くして身体を手で隠そうと動く。が、そうはさせまいと、俺はその両腕を優しく掴むとそのまま押し倒す。そして彼女の身体を眺めて十分に堪能した後、彼女の下半身へと手を伸ばした。ゆっくりと秘部の割れ目をなぞれば、そこは簡単に俺の指を受け入れた。割れ目の中の愛液に濡れた蕾にそっと触れれば、彼女は切なげに声を漏らす。彼女の足を開き、そこへ顔を埋めては舌で蕾を刺激する。舌で舐めては舌先で突き、愛液を啜る……。刺激を与える度に身体を震わせて甘い吐息を吐き出す彼女に愛しさを覚えつつ、愛液に濡れた蜜壺へとゆっくりと指を埋めていく。すると彼女は一際高い声を上げて身体を大きく震わし、その身体を反らした。

「……イッたのか?」
「……んはぁっ……ご、ごめんね……先にイッちゃって」
「気にすることはない。俺がそうさせているのだからな」

蜜壺から溢れ出る愛液を指に絡ませ、蜜壺に二本目を挿入した。中を傷付けないように優しく、中を責め立てる。俺の指の動きに合わせて、彼女からは喘ぎが漏れる。暫くすると、彼女から「待って……」と声が掛かる。その声に俺は指の動きを止め、彼女の言葉を待った。

「れ、んじっ……もう入れて。早く蓮二とひとつになりたい。次は蓮二のでイきたいっ」
「っ……ああ。すぐにお前の中に入れてやる」

履いていたパンツを下着もろとも纏めて脱ぎ捨てる。そして自己主張する聳り立つ雄を彼女の蜜壺へと宛がった。雄の先端を濡らすように何度かそこを往復させると、ゆっくりと中に沈めていく。苦しそうに吐息を漏らす彼女の中はとても狭く、中々奥へと進むのは難しかった。

「っ……息を止めるな、ゆっくり吐いて、吸え」
「……う、んっ」

それによって締め付けが和らいだところで、一気に奥へと己の雄を押し込んだ。大きく喘いだ彼女は小さく肩を震わせる。

「……大丈夫か?」
「う、うん……なんとか。もう動いて大丈夫だからっ」

その言葉にゆっくりと抽送を始めた。深く、そして浅く……そうして雄を締め付ける壁を擦る度に、その刺激に応えるように壁は更に雄を締め付け、彼女は快感に打ち震えては切なげに声を漏らし俺を求める。そんな彼女に何度も何度も腰を打ち付けては中を貫く。部屋の中は互いの汗と結合部から溢れる二人の体液の匂いで充満し、腰を打ち付ける度に響く肌と肌がぶつかり合う音と粘着質な水音で支配されていた。
そして段々と迫り来る快楽の限界。このまま溺れ落ちてしまいそうなくらいの快楽の波に思わず顔が歪む。ふと、彼女の方を見遣れば、彼女も限界が近いようだった。

「れ、んじっ……私、もうっ」
「……ああっ……俺もだ……っ」

何度か抽送を繰り返した後、腰を引き、一気に彼女の最奥を貫いた。彼女は身体を震わせて大きく仰け反り、一際高く甘い声を上げた。俺は雄の先端へと欲が溢れ出そうになる感覚に蜜壺から雄を引き抜き、そして彼女の太ももへとその欲を吐き出す。ドクドクと脈打っては溢れ出る白濁の液体は彼女の太ももを汚してはシーツへと滴り落ちていった。

「蓮二……大好き」
「俺もだ……俺もお前のことが好きだ」

どちらからともなく互いの手を重ね合わせ、そして絡めた。二人の想いを封じ込めるように、深い地の底まで溺れては堕ちていく覚悟を誓うように。

きっと彼女は夜が明ける前には俺の元から去ってしまうだろう。
それでも心は共にあると……離れぬように、まるで縫い合わせるかのように、また、キツく指を絡め合った。



重ねたテノヒラに、想いを閉じ込めて

(誰に赦されなくても、君と共にいられるのなら構わない)


(20170618)