「知っている」
私の隣で横になっている大きな背中に向かって言ったら、そんなことは当然だろう、とそう言いたげな声音で返ってきた。何にでもそうだけれど……自信満々、そう感じさせる彼。まぁ、もちろん、彼が即答でそう答えるくらいに私は彼がとても好きだし、そう返事が返ってくる自信はあった。こう突拍子もなく言ってみても、きちんと律儀に返してくれて……なんだか嬉しくて、ほんの少し調子に乗って、彼で遊んでみたりする。
「瀬人は私のこと好き?」
「ああ」
「本当に?牛フィレ肉フォアなんとかって料理よりも?」
「ああ」
「いっつも持ち歩いてるジェラルミンケースよりも?」
「ああ」
「ほっかほかのおでんよりも?」
「……それと比べるな。答えは言うまでもなくイエスだ」
「ふふっ、おでんの話題だすと表情が変わったね。瀬人」
「煩いぞ」
さらに調子に乗って瀬人の嫌いなおでんを出してみたら、見る見るうちに眉を顰めて険しい顔になって、そして、咎められた。でもここまでは冗談だったけれど、次の質問は割と本気。
デュエルモンスターズ……カードゲームのこと。彼はカードに愛着を持っているし、それはとても大切なものだと分かっているつもり。正直、彼女とどっちが好きかなんて比べるのはおかしいとは思うし、それは意味のないことだって。私って意地悪。そうと分かっていても聞こうとしているのだから。
「じゃあ、これで最後ね。カードよりも?」
「…………」
うん、分かってた。直ぐに即答できる訳がないし、そもそも比べることじゃないもの。カードよりも、私よりも……じゃないよね。
ふいに私に背向けていた瀬人が体を起こし、私たちは向かい合わせになる。透明感があるようで深い、彼のコバルトブルーと目が合った。
「……そうだな。どちらも『好き』という言葉では言い表せないくらいに大切で、かけががえのないものだな」
「瀬人……」
愛しんで大切にしている、と伝わってくるとても優しい低音が落ちてきた。吸い込まれるようなコバルトブルーの瞳を細め柔らかく笑う彼に、思わず顔が熱くなる。普段彼のこういう表情を見ることはあまりないから。……けれど、聞かなければよかった。
聞かなければ瀬人のこんな表情は見れなかったかもしれない。でも、どちらが好きかなんて質問されるのも辛かっただろう。どちらも大切なものなのに、どちらか決めなきゃいけないのだから。
自分が望んで彼に聞いたことなのに、段々と心が重くり、苦しくなって後悔し始めていた。
「……お前が望むような答えでは無かったか」
「ううん。違うの……そうじゃなくて」
私の表情を見て、だろうか……バツが悪そうに瀬人が言った。
苦しいのはきっと彼も一緒なのに。
「ごめんなさい……私、……っ」
その先の言の葉を紡ぐことはなかった。彼の形の良い唇と私の唇が重なったから。これ以上は言う必要はない、とでも言うように唇はそのままに、熱を含んだ私の頬を冷たく長い指先が滑るように撫でていく。触れるだけの軽いキスだけれど、私の頬を更に熱くさせるには充分過ぎるもので。
ゆっくりと、名残惜しさを残しながら互いの唇が離れる。私を見つめる彼のコバルトブルーの瞳は少し熱の色を滲ませていた。
「こんな風に触れ、愛しく思えるのは他の何でもない。名前……お前だけだ」
低くて甘い、私の大好きな声が耳いっぱいに響いた。そして、安心感を持った大きな腕が優しく私を包みこんだ。
Cactus
(20080907)
※加筆修正(20170323)