ちいさなたいよう

「うわぁ、綺麗な向日葵!これ全部貸し切りなんだよね?」
「ああ、そうだ」

真夏の鬱陶しい程にギラギラした日差しに、青空に浮かぶのは夏特有の大きな入道雲。そして、その真下には辺り一面に広がる黄色の花の絨毯。
あと残り少ない夏休み……オレたちは海馬ランドが主催するひまわりフェスティバルに来ていた。





「あー、ちょっと待ってよ瀬人!あ、ねぇねぇこの向日葵、小さくて可愛いよね」

そう言って後ろからオレの元へ駆け寄って来ては、その小さな手で俺の服の裾を引っ張る。そして他の向日葵よりもひと回り小さな向日葵を指差して、はオレに柔らかく微笑んだ。

しかし、先程から歩く速度が互いに全く合わない。仕方なくオレが合わせようとするが、それでもなかなかに上手くいかない。はマイペース過ぎて、色々な物に惹かれるのか、歩く速度が一定ではなく……
いつの間にかまた距離が開いてしまい、こうしてが後ろから駆け寄ってくる……のループ状態だ。
まるで親鳥を必死に追う雛鳥の様。

いや、違うな。
まるで……


……お前は向日葵の様だな」
「え……何で?」

目の前にはキョトンとした顔の。その大きな瞳をオレに向け首をかしげていた。オレの言った意味はどうやら1ミリも分かってはいないらしい。
そう、確か……何かの本に書いてあった様な気がする。嘘か本当かは分からないが、その本にはこんなことが書いてあった。

「向日葵には太陽を追って回る……という俗説がある。……オレ自身を太陽と見立てるのも可笑しな話だが、お前を見ていてそんな風に思った」

親鳥と雛鳥に例えるより、オレはこっちの方がしっくりときた。まぁ、実際に周りを見渡しても殆どの向日葵が太陽の方を向いている訳ではなかったが。
俗説……だからな。

「そう、だね……瀬人の言う通り、瀬人は太陽だよ!」
「は?」

少し考える素振りをした後、屈託のない笑顔を向けそう言ったに度肝を抜かれた。
自分から言い出した事とはいえ、まさか……もそれに同調するなどこれっぽっちも思っていなかったからだ。

「瀬人と一緒にいると幸せで……嬉しくって、そして楽しいもの」
「……単純だな」

単純……
しかし、らしい言葉だと思った。
自分の彼女からの最上級の褒め言葉であろうその言葉。胸が温かくなるような、嬉しいとは思いつつもそれを表情に、言葉には出さない。
いや、出せないと言った方が正しいのか……

するとはまた言葉を続けた。

「でも、向日葵って例えは当たってるのかな。いつも瀬人の側にいたいから……少しでも上を行く瀬人に近づきたくてこれでも必死なんだよ?」

そう言って、背伸びをしながら照れたように小さく笑った。

いつもそうだ。
オレは……お前にいつも振り回される。だがそれを鬱陶しく感じる訳でも不快に思う訳でもなく。どこかそれを嬉しく思う自分自身がいて……
気付けば隣にお前がいて、オレに微笑みかける。それは眩しすぎる程に明るく、オレを照らす……
オレはいつもそんなお前に支えられていた。
向日葵のようでそして太陽のようで……
オレよりも……お前が向日葵であり、そして太陽なのかもしれないな。



「なーんて、瀬人からしたら迷惑かな」
「いや……」

迷惑?そんなことがある訳がない。
お前に出会って初めてだったのだ……こんな気持ちを知ったのは。
誰かを愛しいと想う気持ちを知ったのは……
しかし、同時にもどかしくも思う。素直に気持ちを言葉に出来ない俺自身に。
なら……態度で示せばいいのだろうが、それも何か気恥ずかしい気がしてならない。
だが……

「この先に向日葵畑を一望出来る高台がある。一緒に……行かないか?」

そう言って、目の前のに右手を差し出す。
これが今、オレが出来る精一杯の表現。
お前に伝わるだろうか……



「もちろんだよ、瀬人」

そう言ったの小さな手が、オレの手と重なった。
仄かに温かく、骨ばった男の手それとは全く違う、柔らかい感触。



そしてゆっくりと……オレたちは高台に向かって歩き出した。



ちいさなたいよう




(20090910)
※加筆修正(20170322)