溶けたアイスの行方

昼休みの屋上。
上を見上げれば入道雲が浮かぶ夏の空。そこから地上へと降り注ぐのはギラギラとした太陽の光。
そんな真夏の太陽の下で、ひとつまたひとつとアイスの乗ったスプーンを口へと運ぶ。舌に乗せればそれは程良い甘さを残しながら、熱で溶けては消えていく。口内いっぱいに広がる冷たさは、夏の暑い日差しで渇ききった喉に心地よかった。

、そんなものばかり食べていると太るぞ」
「なっ……」

突然降りかかった低音に後ろを振り返れば、長身に茶色の髪……コバルトブルーの瞳を持った男子生徒の姿。
海馬瀬人。
学校で彼の姿を見るのは、一体どれくらい振りだろうか。一応、恋人という関係だから彼の家や会社に行ったりすることも多く、頻繁に会ってはいるけれども……。忙しい彼は学校にはあまり顔を出さないから、今日はかなりレアだ。それに、制服を着た彼の姿……。いつものスーツ姿もいいけれど、やはり制服を着ると社長とはいえ、男子高校生なんだなぁと少し嬉しくなってみたり。



「で、……そのまま豚になっても知らんぞ」
「もー、瀬人は意地悪ばっかり言うんだから。……今日は特別!」

そう彼に言うと、まだ残っているアイスを食べようと視線を手元に向ける。が、視線の先の惨状に、思わず手元からスプーンが滑り落ち床を鳴らした。
……今この手にあるのは、若干ふやけた容器の中に入った、さっきまでアイスだった乳白色の液体。

「あぁ!瀬人の所為でアイスが溶けたじゃない」
「オレの所為?……ただ単にお前の手の温度で溶けたのだろう」

溶けて乳白色の液体となったアイスをまじまじと見つめながら、ひとつ溜息を零す。
それは夏季の間購買部で売っている、1日限定10個のアイスだったから……。授業を終えた後、急いで購買部に向かってやっとの思いで手に入れた最後のひとつ。それがただのミルク味の液体に……。いくら苦労して手に入れたアイスとはいえ、こうなってしまえば口に入れても液体が喉を通る度にむせるのは間違いないだろう。仕方ない、捨てる覚悟を決めるしか……。
うなだれながらまたひとつ溜息を零せば、彼は私の手の中の容器を奪い取った。

「ちょっ、それどうするの……」
「……どうする、だと?」

そう言って彼は容器を口元まで持っていくと、それを傾けた。そのまま中身を呑み込むのかと思ったけれど、彼の喉が動くことはなく……。そして口元から容器を離し、おもむろに私の方へと伸びてきた指先。その指先は私の顎を捉える。段々と近付いてくる彼の端正な顔、透き通る氷のようなコバルトブルーの瞳。……思わずその瞳に見惚れていると、気が付いた時には私の唇に彼の唇が触れていた。そして重なり合った唇の隙間から甘いミルク味の液体が流れこんできた。絶対に甘すぎてむせ返ると思っていたはずのその液体は、彼の唾液が混ざった所為なのかすんなりと舌に馴染む。次から次へと流し込まれる液体を全てを呑み込み、やっと彼の唇が離れると思った頃。薄らと開いた唇の隙間から彼の舌が侵入してきた。

「んんっ……!」

抵抗の声も上げられないまま舌を絡め取られ、そのまま彼の思いのままに深いキスへ。何度も舌を吸われ、舌を絡め合わせ、互いの唾液を交換し……。あまりにも激しく深いそれに、唇の端からは二人の混ざった唾液が流れ落ち、顎を伝い首筋へ……そして制服を汚していく。
時間の感覚が分からなくなるほどの長いキスの所為か、それとも暑い日差しの所為なのか……段々と頭がクラクラとしてきて酸欠になりかけた頃、やっと互いの唇が離れた。

「……やはり、甘過ぎるな」
「なっ……せ、瀬人っ!ここ学校!!」
「……?だからなんだというのだ」

やっと解放され、肩で息をしながら非難の声を上げれば、しれっとした顔で意味が分からないというような声音で彼は答えた。
誰もいなかったから良かったものの……いや、誰もいなかったからこんなことをしたんだと思うけど、それでもここは学校で……。学び舎にこの行為はふさわしくない。そう訴えるように彼を見れば、「なんだ……?物足りなかったのか」と思ってもいない答えが返ってきたのでやめた。

「違う。違うから……!」
「そうか。だが……オレは物足りないな」

耳元で彼の艶のある低音が響く。そしてそのまま彼の舌がねっとりと耳を這い、私の弱いところを責めていった。耳の輪郭に沿って流れるように舌が這い回り、穴に舌先を捻じ込まれる。思わず息を漏らせば、吐息混じりの低音が「……感じたのか?」と、耳を犯すように奥底を刺激した。

「馬鹿っ……違うもんっ」
「ククッ……素直ではないな。まぁいい。続きはオレの家で、だ」
「え?待って、もう昼休み終わりだからっ」
「ふん……知らんな。くだらん授業などサボってしまえ」



溶けたアイスの行方

(こんな形で授業をサボることになるなんて思いもしなかった)


(20170822)