「瀬人……寝てるの?」
ソファーで横になっている幼馴染に控えめに声を掛ける。私の声に返答はなく、ただ規則正しい寝息が聞こえるだけだった。
最近学校に来ることも減ったし、きっと会社の仕事が忙しいのだろう。自分の着ている上着を脱ぐと、瀬人が起きないようにそれをそっと掛ける。……ふと、瀬人の顔に目がいった。
……あれ?瀬人ってこんなに幼い顔をしていたっけ?形の良い眉に鋭いコバルトブルーの瞳、瀬人の端正な顔立ちは幼馴染の私から見てもカッコイイと思える程だったのに……。目の前で眠る瀬人は小さな子供のようで、可愛らしかった幼少期を思い出す。普段見る瀬人とは全く違う表情に、思わず胸が大きく高鳴った。
きっとこんな表情を見れるのは幼馴染の特権。あ、あと彼女とか……かな。
「彼女かぁ……」
……瀬人の彼女になりたい、そう思ったことは何度もあった。ううん、今でも思ってる。一緒にいるうちにいつの間にか幼馴染としてではなく、ひとりの男性として好きになってしまったから。
けれども瀬人は私を女として見ているだろうか。良くも悪くもただの幼馴染としてしか見られていないんじゃないだろうか。
そんな微妙な距離が嫌だった。こんなに近くにいるのに簡単に好きと言えない。近くて遠い……この微妙な距離が。
ふと、静かに寝息を立てて眠る瀬人の顔に自分の顔をそっと寄せる。閉じられた瞼に、普段は気付くことがなかった長い睫毛。高い鼻にそして形の良い唇。近付けば近付く程に緊張からか胸はその鼓動を早め、募る想いに頬は熱を上げていく。……あと数センチ、もうすぐで自分の唇と瀬人の唇が触れる。
……もうあと少し、というところで我に返ってパッと顔を離した。
一体何をしているの、私は……。
「……それだけか?」
突然、瞼を閉じたままの瀬人が口を開き、掠れ気味の低音が静かな部屋に響いた。
その声に慌てて瀬人から離れようとするけれども、それよりも先に瀬人の腕が伸びてきて大きな掌が私の腕を掴んだ。そしてそのまま引っ張られ、瀬人の上に覆い被さるように倒れこむ。
瀬人から伝わってくる、寝起きの所為か少し温かな体温と胸の鼓動に頬はまた熱を上げていく。この密着感に、さっきの行動が瀬人に筒抜けだった事実に……そのあまりの恥ずかしさに瀬人から逃げようとしても腕は掴まれたままで、もがいても瀬人から離れることは出来なかった。
「せ、瀬人っ!」
「逃げるな。オレはそれだけか、と聞いているんだが?」
「寝てたんじゃ……なかったの」
「あれ程近付かれて起きないわけがなかろう。……で、貴様はまだオレの問いに答えていないぞ」
「それは……」
「言えない、か。ならば、貴様がやろうとしていたことの続きをオレがしてやろう。………キスとはこうだ」
「え?……んんっ」
おもむろに私の頬へと伸びてきた瀬人の手。
瀬人の長い指先が頬を流れるように滑り首筋へ、そして後頭部に手が添えられる。そのまま引き寄せられて、私の唇に瀬人の唇が触れた。
突然の出来事に、そして互いの唇が触れ合うその感触に、胸は身体から飛び出しそうな勢いで高鳴り、みるみるうちに身体中が熱を帯びていく。戸惑い混乱する頭がこれは『キス』だとはっきりと理解する頃には互いの唇は離れていた。
そのまま動けないでいる私をよそに瀬人はニヤリと笑みを浮かべると、ソファーから身体を起こし、私をその隣へと座らせる。私はさっきのキスの感触を思い出しては、瀬人に視線を合わせられずに俯く。視線は自分の足元のまま、恐る恐る口を開いた。
「……せ、瀬人っ……な、なんで……」
「何故オレが貴様にキスをしたか、か?……それを貴様が聞くのか?そもそも貴様の方からしようとしていたではないか。あそこまでして違うとは言わせんぞ」
「あ、あれはっ……」
言い訳しようにも、全く言葉が出てこなかった。事実、一歩間違えれば私から瀬人にキスをしていたかもしれない。何故、あんな行動をしたのか自分でもよく分からない。けれども……
「まぁいい。……オレは、貴様のことが好きだからだ」
その言葉に思わず目を見開く。私の聞き間違えではないだろうか。今、瀬人が私のことを好きって……。
俯いていた顔を上げ瀬人へと視線を向ければ、そこにはいつになく真剣なコバルトブルーの瞳が私を見つめていた。思わず「今、なんて……?」と聞き返せば「二度も言わせるな」と頬をほんの少しだけ赤く染めながら返事が返ってきた。
「瀬人、今……好きって」
「だから二度も言わせようとするな。……で、当然貴様はオレのことが好きなんだろう?」
そう言って頬は赤く染めたままに意地悪そうに口角を上げて笑う瀬人に、可愛さを覚えつつ小さく頷いた。
実は両思いだった話
(20170919)